12 10月 11
○で、以下はまったくどうでもいい話なんですが、このデクシア銀行、不肖かんべえは今回がまったくの初耳の存在でありましたけど、この語感、なんだか「ガンダム」シリーズに出てきそうな固有名詞なんですよね。「デクシア要塞をめぐる攻防」とか、「デクシア公閣下はお怒りだぞ」とか言うと、いかにも富野由悠季ワールドではありませぬか。「デクシアの繁栄は二度と戻らない。寒い時代だと思わんか?」など、いくらでも捏造できてしまいます。

○せっかくなので、これを「山川の世界史用語集」式にでっち上げてみました。

第1次デクシア条約:デクシア銀行処理のためにブラッセルに集合したEU、ECB、IMFの3者は、欧州の金融安定化を最優先することで合意して条約に署名する。3者の協力は別名をトロイカ体制(注)ともいい、欧州にごく短かな安定をもたらすことになる。しかし、IMFは自己保身のために次第に支援を縮小し、ECBもギリシャ債務危機を傍観する中にあって、EUは意見の集約ができずに時間を浪費することとなる。かくしてデクシア条約は1年を待たずに雲散霧消し、欧州金融界には再び混沌の日々が訪れることとなった(→第2次デクシア条約) 

注:「トロイカ体制」については、ローマ帝国の三頭政治、ソビエト連邦のスターリン体制、21世紀日本の民主党政権の項を参照のこと。


デクシアの屈辱:EFSF拡充策をめぐる採決を控えたスロバキア議会の前で、メルケル独首相とサルコジ仏大統領は三日三晩にわたって、「デクシアの悲劇を繰り返してはならない」と請願したものの、スロバキア国民の間からは「誰からでもお金を借りたいのがギリシャ人、誰にもお金を貸したくないのがスロバキア人」(注)という大合唱が湧き上がり、むなしく帰途につくこととなった。この醜態が本国で大きく報道されたため、2人は次の選挙で落選することとなる。

注:このフレーズは、同国ビール会社のCMとして一世を風靡し、スロバキア世論を動かす原動力となった。(→陳勝・呉広の乱)


デクシアコートの誓い:オランダ、ベルギー、ルクセンブルグのベネルクス三国における金融機関は、複雑な利害関係が交錯する欧州経済の中にあって、マネーロンダリングの要衝として独自の地位を占めてきた。欧州債務危機にあって、3国の金融関係者はブラッセルのテニスコートに集結し、「それぞれが生れ落ちた日々は違っても、死ぬときは一緒」といういわゆる「桃園の誓い」(注)を結ぶ。ただしその団結は、デクシア銀行の崩壊を契機に急速に失われていった。

注:中国史における『三国志』を参照。
かんべえの不規則発言