10 12月 07
さらに後年、当時のソヴィエト作家同盟の招待でロシアを訪れたことは、生涯忘れないできごとになった。旅行中、ソヴィエト体制にはげしい嫌悪の眼をむけていたが、ロシアの精神性といったもの、ロシアの市井のひとびとの姿に心をつよく動かされていた。 ドストエフスキーの墓の前に立ったときは感動した。それに、ドストエフスキーの生家が荒れ果てていて、横の路地に脱糞のあとを見たときの、いい知れぬ思いを私は忘れない。ドストエフスキー記念館で、彼の机に置かれていた幼い子どもの書いたノート。 後ろの壁に、ラファエルの聖母の絵が掛けてあった。ヤスナヤ・ポリアナのトルストイの別荘に掛けてあった別のラファエルの聖母の絵。そして、その別荘を立ち去る直前まで、トルストイが読みふけっていた『カラマーゾフの兄弟』が、粗末なテーブルの上に途中のページが開かれたまま残されていた。・・— 中田耕治のコージートーク