31 5月 10
政治学は、自然科学とは異なる「認識の学」である。雪斎の言論への批判として、自民党政権時代には、「体制派としてのバイアスがかかった御用学者の言論」というものがあったけれども、政治観察に際して、「バイアスがかかる」のは、むしろ当然のことである。ただし、大事なことは、そのバイアスのかかり方が明示されていることである。このような「バイアス」を隠して、客観性、中立性を装う政治評論くらい、不実なものはない。また、その「バイアスのかかり方」を自分の都合で変える政治評論ぐらい、価値の乏しいものはない。自分がどのような「バイアス」の下で観ているかを自覚できれば、他の「バイアス」の下での政治認識を尊重できるようになる。— 政治評論の「責任」: 雪斎の随想録