19 8月 07
戦時中、勤労動員で川崎の工場で働いていた。大学の授業はない。それでは可哀そうだというので、山本 有三、小林 秀雄が、わざわざ工場まできて講義をしてくれた。 講義といっても質疑応答のようなもので、学生が何か質問すれば、先生が答えてくれるのだった。 学生のひとり(むろん、私ではない)が、小林 秀雄に質問した。 小説を書きたいのですが、小説を書く秘訣のようなものはあるのでしょうか。 小林 秀雄は、どんな幼稚な質問を受けてもすぐに考えて答えてくれた。このときの答えは私の心に深く残った。いろいろ答えてくれたが、その一つ――あるイメージをいつでも心のなかによみがえらせる能力が必要だという意味のことを語った。(正確に小林 秀雄のことばを思い出しているわけではない。ここでは、私が彼のことばをどう受けとったか、ということになる。) こう語ったことは間違いない。 暗闇のなかで、火のついたお線香をぐるぐるまわすと、まるい残像が眼に見える。あれとおなじことだ。自分の描こうとする人物が、いつでもいきいきと心に思いうかぶ。そういうことを作家は、倦むことのない鍛練で身につけてゆく。それは方法などではない。— 中田耕治のコージートーク 2007/08/15(Wed) 638