19 8月 07
〇この間の動作を見ていて、「心ならずも増える国家の仕事」という言葉が思い浮かんだ。冷戦の終了と経済のグローバル化が同時進行した1990年代、「国家の時代は終わる」という予測が相次いだ。国家の代わりに花形となるのは、国際機関であり多国籍企業でありNGOであると。21世紀は「脱・国家」の時代になる、市民社会の時代が到来する、てなことを言ってた人は大勢いた。(忘れている人が多いと思うけど、ワシは性格が悪いので、しぶとく覚えておこうと思っている)。 〇ところが、「脱・国家」はとても難しかった。例えば「イラクがクウェートに侵攻」(1990年)みたいなことが起きると、国連は決議を出すことはできるが、それでフセインが引き上げてくれるわけじゃない。結局、米国を中心とする多国籍軍を派遣して、戦争をするしかない。そうかと思えば金融のグローバル化のツケとして、アジア通貨危機(1997年)みたいなことが起きた。その処理をIMFにやらせたら、それで変なことになる国がいっぱいできてしまった。金融危機がロシアや中南米に波及すると、結局、米FRBなり米財務省なりが頑張るしかなかった。2000年にはミレニアム・バブルが崩壊し、2001年には同時多発テロ事件があって、「心ならずも国家が頑張らなければならない21世紀」が始まった。— かんべえの不規則発言 <8月18日>(土)