22 6月 11

 もう一つの有名なシーンは、アレックスが「雨に唄えば」を口ずさみながら女性を暴行するシーンだ。この曲は、キューブリックが皮肉をこめて選曲し たのだと思いきや、実はマルコムがたまたま歌った曲だったという。「あれは、5日間どうやればいいかと考えあぐねていたシーンなんだ。カメラはその間回っ ていなかった。朝、セットに行くと、ハロッズ(デパート)のバンが止まっていた。スタンリーが家具を変えたんだ。家具を変えたら、何かマジックが起きるか と思ったようでね。もちろんそんなことは起きなかったよ。そして5日目に『踊れるかい?』って僕に聞いたんだ。それで、歌詞を半分くらい覚えていた唯一の 曲を歌いながら、踊ったんだよ。パーフェクトだったね」

 さらに「マドンナもデヴィッド・ボウイもコピーした」というアレックスの衣装も、まずは監督の自宅で衣装選びを行なったそうだが、「そこには何も いいものがなくて、僕はクリケット用の衣装が車にあるから、取ってくるよって言ったんだ。それを見せたらスタンリーが気に入ったんだよ。『その白いのはい いね。プロテクターを外側につけてみて。中世みたいだ』とね。僕も素晴らしいアイディアだと思ったよ」と偶然によってルックスが決定していったのだとい う。

 映画作りはコラボレーションとはよくいわれるが、キューブリックのような完璧主義者として有名な天才監督でさえ、すべてをコントロールしているわけではなく、こうした偶然に助けられて作品を作っているというところがとても興味深いところだ。(吉川優子)

不朽の衝撃作『時計じかけのオレンジ』主演のマルコム・マクダウェルが名シーンの裏側を語る - シネマトゥデイ

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30 7月 10

──本作の帯にあるように、”映画はテレビ屋のオモチャじゃねーんだよ!”ということですね。

エド でも、これはテレビ局のせいというよりも、映画屋のだらしなさの表れです。映画を作っている人たちの企画 力、戦略、才能のなさ、その全てが露呈している。それでテレビ局におんぶにだっこ状態になってしまった。それが一番の問題点です。テレビ局が作るテレビ映 画のダメなところは、自局で放映することを前提に作られているということ。本来は、1,800円払って劇場でしか観ることのできないものを作るのが映画屋 の誇りだったはずです。テレビ局を絡めずに作った『告白』が今年ヒットしたことは意外でしたが、製作委員会方式で作られる限りは、本来の意味での映画が作 られることはかなり難しいでしょうね。日本で大ヒットした作品が海外でまともな賞を獲ることはほとんどありません。作り手の意志が製作委員会に勝利した 『おくりびと』(08)のような例外も中にはあるけど、世界的なレベルで見ると、今の日本映画のレベルは信じられないくらい低いです。

──海外にも”製作委員会方式”は存在するんでしょうか?

エド ハリウッドでも、どの国でもプロデューサーがいろんな企業からお金を集めてくることでは同じなんですが、 日本の製作委員会のダメな点は、作品のクリエイティブ・コントロールも、失敗した場合も、誰が責任者か分からないこと。海外の場合は成功しても失敗しても プロデューサーが背負いこむ。それに対して日本の製作委員会方式は、首謀者が誰か分からないようにした円形の”連判状”と同じなんです。失敗しても誰も責 任を取らず、「じゃあ、次の企画に移りましょう」となる。すごく日本的なシステムですよね。こういうケースは海外ではないはず。結局、映画は作品にしても 宣伝にしても、30人近く集まって会議をやっていては、意見はまとまりません。もし、まとまったとしても当たり障りのないつまらないものに落ち着く。映画 はやっぱり独裁的に作られたものじゃないと面白くないですよ。製作委員会は作品がいいか悪いかではなく、どうすれば一円でも多く収益を上げるかしか考えな い人たちの集まりです。もちろんビジネスですからそれが一概に悪ということではないのですが、娯楽にせよ芸術にせよ、いかに質の高いものを作るための話し 合いというのは委員会では基本的にはないのです。

“製作委員会”映画の悪しき構造欠陥を行動的評論家・江戸木純が一刀両断! - 日刊サイゾー

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