綾小路きみまろ「買い占めはお止め頂きたい。あなたのお腹を見て下さい。充分貯めているではありませんか。いざというとき、自分の身体が重くて逃げられなくなります。『一番の 荷物は自分の 出たお腹』そうなってからでは遅いのです」— Twitter / Bar Hopper (via ssbt)
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— 「日本型官僚主義で対応遅れ 露原子力専門家が苦言」:イザ!旧ソ連で1986年に起きたチェルノブイリ原発事故の現場で長年事故処理に当たってきた副所長は、福島第1原発の一部の原子炉に外部電源を回復するのに事故発生から10日近くかかったことに「ロシア人だったら地上に電線を引いて非常用発電機を設置するだけだっただろう」と指摘。
「5分で済むような問題を、日本人は委員会をつくって延々と議論する。責任者を見つけるのは困難で、副大臣以下と話しても意味がない」と述べた。(共同)
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23日朝刊23面【経済教室】山内昌之 東京大学教授— さるさる日記 - 泥酔論説委員の日経の読み方
(前略)阪神大震災が起きた時、政権は村山富市社会党党首を首相とする自社さ連立内閣にあった。村山首相 の初動は遅くリーダーシップは弱かったにせよ、じきに自民党有力閣僚の補佐を受けながら態勢を立て直した。ブレーンを集めて「大風呂敷」の構想を実現する 力が後藤(新平)の持ち味だったとすれば、村山氏は官僚などの専門家を信頼して仕事を任せるおおらかさで危機をひとまず乗り切り、その後に潔く辞職したの だった。これらの大震災への対応ぶりと、今回の菅直人首相の措置を比べると、大きな違いがすぐ浮かび上がる。それは、政治主導と脱官僚の信念に呪縛された 菅首相のもとで、手足として働くべき官僚機構のヨコの連携がとれず、首相に連なるタテの指揮命令系統が機能不全に陥ったことだ。
歴史の教訓に基づいた山内教授の指摘があまりに的確なので、以下引用で本日の日記としましょう。
「最高指導者は指揮所からみだりに動くべきでなく、たとえ善意の督励であっても現場に出かけるには時機を見計らい慎重でなければならない」
「人びとは、メディアを通して首相の言葉や振る舞いをいつも注視しており、喜怒哀楽の過剰な露出は国民をいたずらに不安にするものなのだ」
「菅首相に問われるのは、政策的総合力と全体的判断力であり、いかに重要であっても個別の事象にのめりこんで他の重要な課題を忘れてはならない」
「この期に及んで市民運動家めいた細々としたパフォーマンスは必要ないのだ」
「菅首相は節電やボランティアの担当に有名人を任命しているが、むしろ早くつくるべきだったのは、官房副長官に任命された仙谷由人氏が組織した被災地の復興対策と再建計画を検討し官僚を実際に動かすタスクフォースだったはずである」
「谷垣禎一自民党総裁に副総理・震災復興担当相就任を懇請するなら、子ども手当や農家戸別所得補償などを補正予算の財源に振り替えるのが礼儀というもの だ。マニフェストを見直す誠実さを見せずに挙国一致を要求しても、難事の政治責任を野党におしつけるのかと推量されるばかりだろう」
「必要なのは決断と責任である」
「真の政治主導とは、責任は大臣に、賞賛は現場に、であろう」
「国家の危機を救うために命がけの自衛隊・消防・警察の隊員に加え、危険な現場で不眠不休の作業にあたる東電と関連企業や日立製作所・東芝などの勇敢な職員の成功を祈りながら、菅首相は最終的に政治責任をとる覚悟さえもてばよいのだ」
— 「てんでんこ」三陸の知恵、子供たちを救う : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)東日本巨大地震による津波で大きな被害を受けた岩手県釜石市と大船渡市で、津波に備えた知恵や工夫が奏功し、多くの子供たちの命が救われた。
釜石市では、津波から身を守る方法として三陸地方に伝わる「津波てんでんこ」が効果を発揮。大船渡市では、学校から高台へ素早く逃げられるよう、父母らの訴えで昨年秋に完成したばかりのスロープでの脱出劇があった。
◆過去の教訓◆
死者・行方不明者が1200人以上に上った釜石市では、全小中学生約2900人のうち、地震があった3月11日に早退や病欠をした5人の死亡が確認された。しかし、それ以外の児童・生徒については、ほぼ全員の無事が確認された。
市は2005年から専門家を招いて子供たちへの防災教育に力を入れており、その一つが「てんでんこ」だった。度々津波に襲われた苦い歴史から生まれた言葉で、「津波の時は親子であっても構うな。一人ひとりがてんでばらばらになっても早く高台へ行け」という意味を持つ。
学期末の短縮授業で184人の全校児童のうち約8割が下校していた市立釜石小。山側を除くほとんどの学区が津波にのまれたが、児童全員が無事だった。学校近くの住宅街で友人と遊んでいた同小6年の藤元
響希 君(12)は「家族や家が心配だったけど、無意識に高い方に走って逃げた」。その後、避難所で家族と再会できた。(2011年3月28日15時07分 読売新聞)
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— 日本からの資金流出が途絶える可能性 世界経済と金融市場に大きな変化? JBpress(日本ビジネスプレス)円の対ドル相場は、資金の本国送金(いずれにせよ年度末にはよく起こる動き)、海外投資の処分、ヘッジファンドや個人投資家による投機が組み合わさることで、短期的には上昇するかもしれない。だが、長期的な傾向は間違いなく下落だろう。
もちろん、日本が過去3週間の悲しい出来事を利用して、無気力を払いのける可能性は常に存在する。
だが、ここ数日間で浮かび上がってきた日本の姿――漁業や今では汚染された海藻を摘み取ることが主要産業である貧しい地方の孤立した地域社会――は、ネオンが輝くきらびやかな先端技術の東京という紋切り型のイメージとはあまりにも対照的だ。
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— 日本からの資金流出が途絶える可能性 世界経済と金融市場に大きな変化? JBpress(日本ビジネスプレス)円の対ドル相場は、資金の本国送金(いずれにせよ年度末にはよく起こる動き)、海外投資の処分、ヘッジファンドや個人投資家による投機が組み合わさることで、短期的には上昇するかもしれない。だが、長期的な傾向は間違いなく下落だろう。
もちろん、日本が過去3週間の悲しい出来事を利用して、無気力を払いのける可能性は常に存在する。
だが、ここ数日間で浮かび上がってきた日本の姿――漁業や今では汚染された海藻を摘み取ることが主要産業である貧しい地方の孤立した地域社会――は、ネオンが輝くきらびやかな先端技術の東京という紋切り型のイメージとはあまりにも対照的だ。
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— 【東日本大震災】「両親の味」継げず後悔 笹かまぼこ店3代目の長男+(1/2ページ) - MSN産経ニュース地元では活気あふれる朝市で知られる宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)地区。創業60年の笹かまぼこ店「丸一」で、家業を手伝っていた菅野大輔さん(35)は、いまは市立名取第一中学校で避難所生活を送る。自宅と笹かまぼこ工場は3月11日の津波で流され、3代目の父、仁さん(62)と母、悦子さん(59)を亡くした。
地区内に笹かまぼこ工場が建ち並ぶなか、唯一の家族経営。両親は「値段を上げずにうまい物を」という思いで1日1千枚以上を生産した。冷やしても柔らかい絶妙な歯応えが人気で、直売限定だったが当日中に完売していたという。
菅野さんは大学卒業後、アルバイトをしながら何となく家業を手伝っていた。広告を出さず味だけで勝負する両親の姿勢に、本格的に作り方を教えてもらうのは二の足を踏んだ。「漠然と継ぐのではないかと考えていたが、本当にそれだけで食べていけるのか不安だった」と振り返る。
震災の日、地元の消防団員を務める菅野さんは防潮堤の門を閉め、助けを求められたお年寄りを軽トラックの荷台に乗せ、避難所へ逃げた。しかし、そこにいるはずの両親の姿はなかった。2日後、工場の近くで冷たくなった両親が見つかった。
「代々大切にしてきた機械を守ろうとしたのかも」。津波が引いた後、工場があった場所に行くと、生産に必要な機械はほとんどなかった。喪失感と情けなさで涙があふれた。
再開を望む周囲の声には励まされるが、数百万円する高価な機械をそろえられるのか、微妙な調合や練り合わせの技をどうやって再現するのか…。4代目を継ぐと決意せず、父親のもとで真剣に修業もしていないため、何もかもまったく見当がつかない。
どっちつかずの自分が招いた結果。しかし、前に向かっていくため、これだけは決めた。「二度と後悔はしない」と。
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東日本大震災で被災した大手スーパー、西友の汐見台店(宮城県七ケ浜町)が30日、営業を再開した。津波で浸水したが、震災翌日の3月12日から5日間、店を開けて市民に無償で食料品などを提供した。再開するまでの間、店には感謝のメッセージが寄せられた。— 河北新報 東北のニュース/店長への恩忘れぬ 震災翌日から食料品など無償提供
3月11日の震災当日、店長の長岡謙二さん(47)は休みで仙台市の自宅にいた。震災発生後、店の様子を確認しようと、自転車で店に向かった。水没した道路が多く、利府町を経由する遠回りをして、たどり着いたのは深夜だった。
店内は津波で10センチの泥が堆積し、天井の一部も落ちていた。長岡さんは店に泊まり込んだ。12日朝、明るくなると住民が食料や幼児用オムツを求めて集まってきた。
長岡さんは「いちいち買い上げ額を計算しては、商品提供に時間がかかる」と本部に相談せず、独断で無償提供を決めた。大阪府出身で、阪神大震災の際、被災直後に住民が食料調達に苦労したことを知っていたからだ。
食品から生活用品までを提供し、在庫が尽きる16日まで営業した。店と並行し、近くの避難所にも食料品を無償配布した。
3月18日には本部に掛け合って調達した2リットルのペットボトル入りの水1800本とカップ麺などを店頭で配布。その際、おにぎりが一部余り、「当初の危機は去った」と判断、本格再開のため一時閉店することを決めた。
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加えて、何故、稼働停止の「命令」ではなく「要請」なのか。— 菅直人の「大博打」: 雪斎の随想録
本当に事態が切迫しているのであれば、中部電力に是非を委ねるような「要請」ではなく、総ての責任を背負って中部電力を従わせる「命令」という体裁を採 るのが筋であろう。こうした「命令」を出す法的根拠が怪しいのであれば、その根拠となるものをを明確に作らなければならない。中部電力が渋々、「要請」を 受け容れざるを得ない空気が生じることを当てにした対応ならば、それは、邪道の類である。
宮城県石巻市の避難所で4月、「西日本小売業協会」などと名乗って東日本大震災の被災者世帯に現金を配ったのは、西日本に本社がある小売業者だったこと が分かった。社長の男性は社名を明らかにしないことなどを条件に河北新報の取材に応じ、「少額だが被災者に早く渡したかった。少しでも役に立てばと思っ た」と配布の趣旨を説明した。— 河北新報 東北のニュース/避難所の被災世帯に各3万円 配布は西日本の社長
一部報道で「暴力団絡みの現金」と指摘されたが、社長個人のお金だという。社長は「心配せず、未来に向けて使ってほしい」と語る。
震災で苦しむ被災者の姿をテレビで見て「わずかでも手元に現金があれば役に立つはずだ」と考えた社長。被災地の企業が被害に遭いながらも義援金を寄付していることを知ったことに加え、東北出身の社員が複数在籍することも後押しした。
社内で議論となったのは、避難所で直接現金を渡すことの是非。親類宅などに身を寄せている被災者も多く、「もらえなかった人が不公平に感じるのではない か」などの意見が出た。社長は「いろいろ考慮していては何も進まない。国や他の団体ができないことをやろう」と決断したという。
社長と社員十数人が4月21、22の両日、封筒に入れた現金を携えて石巻、気仙沼、陸前高田の3市と宮城県女川、南三陸両町の避難所を訪れ、1世帯当たり3万円を配った。
売名行為と取られるのを避けるため、社名は出さないことを徹底した。身元を尋ねられた場合は「西日本小売業協会」「西日本小売業有志の会」などと名乗った。自治体や福祉団体に渡した分も含めると、計約2億7000万円を配ったという。
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福島県の被災地の子供達と、政府役人の討論がニュースで放送されていました。面白いことをやっているなと興味深く見ました。子供の突っ込みに答えられない政府役人ばかりが強調されていましたが、私の気に触ったのは別の部分でした。— ベリョーザ運営者日記
中学生だと思いますが、テーブルに両肘をついたまま偉そうに上から目線で役人に質問を投げつけていました。討論後のインタビューで「何の決定権がない人にここに出てきてもらっても・・・」との意味合いの言葉を吐き捨てていました。
大体どこの学校でもこうした弁が立つ女の子がいるものですが、あの態度で、どんな家庭で育ったのか?学校ではどんな立場の子供なのか?およそ想像がつきましたし、転じて、子供の被爆などもうどうでもいいやと思えるほどあきれてしまいました。
「幼長の序」発言で大臣を追われた松本龍議員がまともに思えてしまうほど下品でした。
被害者であれ、加害者であれ公の場で質疑応答するなら、それなりの礼儀や態度があると思いますが、仕分けパフォーマンスの蓮舫議員のまねをしているつもりなんだろうか?無能で弱いから肩肘張って粋がっているだけなのに。
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